伝説的なハッキング行為と2度の服役を、尊敬を集めるサイバーセキュリティーリーダーとしてのキャリアへと転じたKevin Mitnickは、膵臓がんとの14カ月に及ぶ闘病の末、59歳で日曜日に死去したことをKnowBe4が本日明らかにした。追悼式は8月1日にラスベガスで行われる。
Digital Equipment CorporationやPacific Bellを攻撃した若き日の行為を受け、かつて「世界で最も指名手配されたハッカー」と呼ばれたMitnickは、2011年にKnowBe4の最高ハッキング責任者兼共同オーナーに就任し、10年に及ぶサイバーセキュリティーの著名人への転身を完遂した。
MitnickとKnowBe4
初期からのソーシャルエンジニアリングとハッキングの専門家として、MitnickはKnowBe4に加わった際、貴重な実体験に基づく知識を提供した。Mitnickは自身のソーシャルエンジニアリングの手法に基づくKnowBe4の研修設計を支援し、2011年11月にはKnowBe4の共同オーナーとなった。Mitnickはカンファレンスで同社を代表することも多く、KnowBe4の研修ビデオで自身の経験を語った。
Mitnickの親しい友人でKnowBe4の創業者でもあるStu Sjouwermanは、Mitnickについて「私やKnowBe4のここにいる多くの仲間にとって、大切な友人だった。サイバーセキュリティー業界の発展における真の巨星だが、何よりKevinは素晴らしい人間であり、心から惜しまれることになる」と振り返った。
Mitnickを同社の顔として前面に立て、KnowBe4は新興市場だった従業員向けサイバーセキュリティー研修で急成長した。同社はベンチャー資金として3億ドル超を調達し、株式を公開した後、昨年Vista Equity Partnersに46億ドルで買収された。KnowBe4は数年にわたり、当社のサイバーセキュリティー企業上位リストでトップ20にランクインしている。
KnowBe4の声明によると、Mitnickは「これからもずっと『世界で最も有名なハッカー』であり続ける。知性、ユーモア、テクノロジーに関する並外れた技術で知られ、その才能を上回ったのは、元祖『ソーシャルエンジニア』としての才能だけだった。さらに重要なのは、Kevinが妻のKimberleyを心から愛し、献身的に支える夫だったことだ。Kimberleyはがんとの闘病中、ひたすら彼のそばに寄り添った。Kimberleyは今年後半、夫妻にとって初めての子どもの誕生を迎える予定だ」としている。
Mitnickが悪名を轟かせるまで
Mitnickは当初、通信に関する知識を利用して、16歳のときにDigital Equipment Corporationをハッキングし、DECのオペレーティングシステムソフトウェアをコピーした。この罪で、当初は1年間服役し、その後3年間の保護観察付き釈放となった。
裁判記録とMitnickの2011年の回想録『Ghost in the Wires』に詳述されているように、Mitnickの悪名が広がったのは、保護観察付き釈放中に自分を監視していた電話会社の監視方法を知るため、Pacific Bellにハッキングした後だった。これは保護観察の条件違反に当たり、逮捕状が発行された。
その後2年間にわたる捜索が続き、Mitnickは世界で最も指名手配されたコンピューターハッカーとされた。Mitnickは1995年、FBIに逮捕された。
Mitnickは2003年のインタビューで、ハッキングの際に盗んだ情報を使ったことも、データを破壊したこともないと主張した。多くのハッカーがMitnickを支持し、彼に対する起訴内容の多くは誇張されている、あるいは虚偽だと訴えた。
行き過ぎた起訴だったとの主張を裏付ける材料は、裁判記録にも見られる。例えば、Mitnikは、口笛を吹くだけで米軍のシステムに侵入し、核ミサイルを発射できると連邦判事が確信したため、8カ月間の独房拘禁を受けた。
Mitnikは、政府が起訴内容の正確性よりも、他のハッカーを思いとどまらせるためにMitnikを見せしめにすることを重視していたと主張した。Mitnickは最終的に有罪を認め、保護観察違反で22カ月、追加の罪で46カ月の禁錮刑と、さらに保護観察付き釈放を言い渡された。
Mitnickの遺したもの
Mitnikの活動に対する米政府の反応は、今日の政府機関、企業、さらには非営利団体の多くが持つ姿勢に受け継がれている。リスクに対処しようとするよりも、リスクを明らかにした人物を罰する方が簡単だったのだ。
ほとんどの組織には、違反者を追跡して処罰する米政府のような力はない。そのため、ランサムウェアなどのサイバー攻撃が現在も発生し続けている。
Mitnickはサイバーセキュリティー上の最大の危険がどこにあるかを理解しており、KnowBe4での発信力を生かして、全従業員が攻撃経路を認識できるよう研修を行い、世界中の組織を教育することを推進した。自身の経験から、問題を無視しても何も解決しないことを理解していたのだ。むしろ、規模を問わずあらゆる組織が、自らを教育し、避けられない攻撃に対する防御を改善するための行動を取る必要がある。
Mitnickは初期の活動で電話フリーキング攻撃を利用し、テクノロジーの進化によってその攻撃が通用しなくなる過程を見てきた。しかし同時に、常に新たな攻撃が登場することも理解しており、私たち全員が脆弱性を減らせるよう教育することにキャリアをささげた。
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